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ナマステ🙏 特別招聘講師としてマニーシャをお招きした理由先日のライブでも マニーシャを今回 シヴァとシャクティが もちろんOshoもそうだし、 だけど、私たちが 瞑想と愛の開花を なのです。 このメルマガを 瞑想に興味がある、 でも、 続けていくって 私は愛が何か とか、 やっぱり 遊びたいし、 そう思うのは普通。 自身の内なる旅を それを半世紀、 瞑想に投資したものは全部必ず戻ってくる!シヴァシャクティでは
私を再び発見していく旅、 決して 今回の生も、 その果実は その開花の香りを
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だから
灯火があるところへ
行きたいと思うし、
近くに行きたいと
思うのです。
点火しているキャンドルと
点火していないキャンドルを
少しずつ
近づけていくと
どうなると思います?
そう、
そうです!
ある瞬間、突然
それは起こります!
もうひとつのキャンドルも
点火するんですね!
マニーシャに会って
一緒に瞑想するということは、
つまり
こういうことなのです。
彼女のプレゼンスを
吸収するということは
自分のキャンドルを点火すること。
The Transmission of The Lamp
違う言葉でいうなら
それは光の伝達。
わたしのキャンドルを
点火させてたいと願う人を
両手を広げて大歓迎いたします♪
https://online.shivashakti.jp/maneesha-2024
愛を込めて
トーシャン
追伸
今夜20時からまた(!)タリカとライブをやる予定です。
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インスタからも見れるんだけど設定事情の関係で、Facebookからご参加いただく方がよさそげです。
インスタの人は @shivashakti_tantra からどうぞ!
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シヴァシャクティ公式LINE などなどご要望にお応えしていきます。
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東京生まれ日本人、インド在住。古代インドの叡智である自己変容の科学「タントラ」を現代人に分かりやすく伝える講座&個人セッションをインド人男性講師ウッタムと共に分かち合っている。瞑想者をサポートするオンライン・コミュニティShivaShakti ONLINE Space主宰。
ナマステ🙏トーシャンです。 死んだ後はもうどうでもいいのかしら? 明日から週末二日間瞑想の旅が始まります。 私が死んだら何が恋しがるだろう? 自分が死んでいく、 あるいは 自分が死を迎えるとき どんなプロセスなんだろう・・・。 そう思ったり、実際に瞑想プラクティスをされている方は多いと思うのですが、 死んだら、、、? については あまりエネルギーを向けてはこなかった方が多いのではないでしょうか? 死を祝祭する Oshoを マスターとしている人であれば Death Celebration 死をお祝いする 死は虚構である そうしたOshoの言葉はよく耳にしているし、 聞いたことはあるし理解しているつもりでも 自身の深いところまで浸透しているのかどうか、 自身の肉体が荼毘されていくときに 何が私を恋しいと思うのか? 私は何を恋しいと思うのか? 死の瞬間がいつやってくるかは誰にも分からなくても やり残しているかもしれない あれやこれやの宿題は できるだけ軽くして高く飛翔できるように準備してあげたい。 例えば、、、、 ある日 いつものように身支度をしていたら...
ナマステ🙏トーシャンです。 無我 No-Self Buddhaの言う No-Self ー無我。 まったくの空っぽ。 無。 シヴァシャクティの講座や リトリートに参加される方々が 瞑想プラクティスを終えて 「今どんな感じですか?」 と尋ねられたときに こんなふうに応える方が多い。 マインド、 つまり言語で表現できる 領域を遙かに超えたとき 人は 空っぽ とか 無 とか 。。。。。(静寂のみ) とか 表現できない何かを 表現しようと試みたときに こんな感じになります。 このメルマガを 読んでくれている多くの方は、 そんな瞬間を経験したことが あると思います。 4/24-25で開催される 週末二日間瞑想の旅では、 ここへ皆さんと 一緒にいきたいです。 そこからスタートする。 そこから、 で、 私が死んだら 何が恋しがってくれるのだろうか? What will miss me when I die? の公案へと深くダイブしていく予定です。 The Power of Understanding シヴァシャクティでは この「理解する力」に主眼をおいています。 なぜなら 真の理解が起こるとき、...
ナマステ🙏トーシャンです。 これを知らずには死ねない 身近な誰かが 死を迎えた経験がある人は 残されたものとしての痛みや悲しみ、 後悔や悔しさ、怒り、憤りとともに その人への恋しさを感じます。 もし自分に子どもや孫がいる人ならば、自分が死んだら彼らは恋しがってくれるのではないか そうであれば嬉しいなぁ、、、 そんな風に思うかもしれません。 自分の胸にそっと聞いてみてほしい。はて、本当にそうだろうか? また伴侶を持たず、子を持たずましてやこの世界に貢献した何かもなく財もなく、 墓場まで自分を運んでくれる保証もなければ頼める誰かもいない。 もしそんな状況だとしたら、もしそんな状況になりそうだとしたら 自分が死んだときに誰が恋しいと思ってくれるのでしょうか? 自分は骨壷のなかから何を恋しいと思うのでしょうか? 「自分が肉体を離れた 後のことなんてカンケーないさ。 あとは野となれ山となれ。」 万が一にもそんな思いがあるとしたら いま一度自分自身と確かめ合う必要があるかもしれません。 死がやってくるその瞬間ではなく、その前に うん、いいよ もういけるね そんな風に逝くことができるなら...